INTERVIEW

取締役インタビュー

大事なのは、自分自身に
成長したいという意識があるか。

取締役 杉原 健太

取締役 杉原 健太

この会社を少しでも長く遺していたい

― 明央産業は健太さんのひいおじいさんが創業したんですよね。そこで働くことになった経緯を教えてください。

明央産業創業者の息子に当たる、うちのおじいちゃんが明央産業から派生して別の会社を作っていて、俺は18歳から29歳までそっちで働いていました。で、おじいちゃんの後を継いだ人が会社を畳むことになって。これから自分はどうしようかなと考えたのですが、長くやってきた仕事を続けようと思って、初めは個人業として独立したんです。そのタイミングで明央産業と関わり始めたんです。親戚付き合いもあったので「仕事をください」とお願いして、5年ほど下請けとして仕事をいただいていました。

1〜2年経った頃「うちに来ないか」と誘ってもらったのですが、その時はまだ会社に入るという気持ちにはなれなくて。ただ、個人でやっていくのも不安定だというのは確かで。改めて社長と1対1で話していく中で、『会社をちゃんとした組織にしたい、そこに力を貸してほしい』と話してくれて。ひいおじいちゃんが作ったものが形を変えながらも受け継がれてきているということも実感し、この会社を少しでも長く残していたいという想いが湧いて。そこに必要としてもらえているなら、と入社を決めました。

― 10代から水道工事一筋なんですね。20年以上続けているのは、やはりひいおじいさんから引き継がれてきたことだから、なのでしょうか?

なんだろう……確かに、血がそう発してるのかな(笑)特別なことはなくて、近くにあったから、というのもあるかもしれないですけど。でも、大変なことも多いですけど、結局は、この仕事が面白いし好きだから続いてるんだろうな。

― この13年で会社は変わったと感じますか。

だいぶ変わりましたね。会社の雰囲気が明るくなった。入社した当時はもっと暗くて。決定的なターニングポイントはわからないけど、社長も雰囲気をよくするために試行錯誤してきたと思うし、俺もそう思って動いてきた。その結果が少しずつ表れてるんですかね。

―今では、 取締役として社長と二人三脚で組織・人材育成に注力していますよね。社長は叔父さんでもありますが、一緒に働いてみての気づきはありますか?

小さい頃はそんなに頻繁に会っていたわけではなくて。むしろこの仕事をするようになってから世話になってるって感じで。

でも、社長の俯瞰的な視点は20年間現場のみに立ってきた自分に衝撃を与えてくれました。普段見てない風なんですけどね。よっぽど自分の方が分かってるなんて思っていても、自分には気づけていない不安要素や配慮すべき事案、より良い改善策をサラッと。ちゃんと全体を見渡しているのだと感心させられます。相談事や自分の話にもちゃんと向き合ってきてくれますし、的確な事を押し付けるのではなく、伝えてくれるところなんかも見習う部分だと思うし尊敬するところです。

―具体的なエピソードはありますか?

会社に入って間もない頃に、結構なミスをやらかしたんです。下水の配管の排水をつなぎ忘れたまま、コンクリートを全部打ってしまった状態で気づいて。要はトイレが流れない状態になってしまった。現場が立て込んでいて引き継ぎがちゃんとできていなかったのが原因で。もうめちゃくちゃ落ち込んだんです。その時に社長が、「人間だからミスはしょうがない。でもそれに対してどう対応するか、また同じことをしないために自分がどうするかが大事だ」って。せっかくやった仕事が台無しになるくらいのミスなんですけど、「こういう時にこそ成長するチャンスなんじゃないか」って、普通に笑いながら言うんですよ。落ち込んでる俺を励ましてくれる感じで。単純にミスを損失として捉えるんじゃなくて、長期的な視点でそういうふうに言えるのがすごいなと思って。俺の中で一番印象に残っているエピソードです。

しんどくても、笑ってられる会社の方がいい

― 現場経験を重ねて取締役になるまでのマインド面・スキル面での変化を教えてもらえますか。

大したことはないんですけど……もともと負けず嫌いで、職人をやってた頃は速さやクオリティで負けたくなかった。前職では先輩に上手い人がいて、その人は『教えても俺の価値が下がるだけだから教えない』って本当に言う人で、だから見て覚えるしかなかった。人間的には相当合わなくて最終的に喧嘩別れしちゃったんですけど(笑)、その人の影響で仕事のスピードやクオリティへのこだわりは今でも持ち続けてますね。

一方で、この会社に入って役職がついた時には、今までと違う心構えが必要だと思いました。技術的なことというよりは、会社をまとめていくこと。若い子たちの居心地とか、みんながしんどいけど楽しくやれる雰囲気をどう作るか、を意識するようになりました。しんどくても笑ってられる会社の方がいいじゃないですか。みんなでバカなことを言いながら、支え合いながら、笑顔のある空間を作っていきたいなって。

― 実際に、メンバーを育成してきたなかで具体的なエピソードはありますか。

以前すごく暗い子がいて。毎朝来るたびに『帰りたい、やめたい』って言うんですよ(笑)。でも必ず毎日来る。仕事はまだ任せられる状況でもないし、3年経ってもそんなに伸びていなかった。ある日「俺にその子を預からせてほしい」と社長にお願いして。よくよく話してみると、「仕事ができるようになりたいんです」って言うんですよ。それを聞いて「わかった、じゃあ一緒にやろう」って。手元で使うんじゃなくて、1人で現場を任せられるように一緒に作業を分担するようにしました。とにかく一緒にやって、やらせて、できたら認めてあげて、失敗しても『大丈夫、今気づいたから直せる』って繰り返しているうちに、少しずつ仕事ができるようになってきて。そしたらすごく笑うし、よく喋るようになっていったんです。

― 手を貸さずに一緒にやる、というスタイルにしたのはなぜですか。

こいつにはこれがいいんだろうなって。俺が手取り足取り教えるよりも、一緒にやらせて見ながら真似して吸収していく子なんだろうなっていうのを感じたんです。逆に、手取り足取りしないと覚えられない子もいる。人のことをよく見て、その子に合わせたやり方にするのが大事だと感じています。

― 新人が自ら力を発揮するためには、教える側が「育てなきゃ」というプレッシャーをかけすぎないことも大事だということですよね。

そうですね。育つ人は勝手に育つんですよ。教わる側に成長したいという意識があるかどうかが前提で、それがないのにいくら力を注いで教えても入っていかない。でも、その子の中に『できるようになりたい』という気持ちがあれば、あとはその子に合ったやり方でそこに合わせていくだけで、自然と育っていく。

一生懸命やってくれる、それだけで貴重

― 明央産業の『らしさ』はどういうところで感じますか?

仕事が丁寧なんですよね。社長がいつも言ってるんですけど、設備業者はたくさんある中で、他と同じだったら選ぶ側はどこを選んでも一緒になる。だから、うちはちゃんとした仕事をする、お客さんに迷惑をかけないために最善の努力をするっていうのを常に言っていて、みんながそこに真剣に取り組んでくれているんです。俺がもともといた会社も綺麗な仕事をする会社だったから、その基準がずっと変わらずにあって。お客さんのことをちゃんと想像して取り組む、というのがうちのらしさになっているんだと思います。

― それはマニュアル化されているものなんですか?

今作っているところで、もうちょっとで完成するんですけど。ミスは人間だからするんですよ。でもそれをなるべく早く見つけることが大事。引き渡す前だったらどうにでもできるから。お客さんが住んだ後に漏水しちゃったりすると、もう大変なことになる。ハウスメーカーへの負担もあるし、お客さんの信頼を裏切ることになる。それをなくすためのマニュアルを今作っています。

― 今、明央産業での使命や役割はどう捉えていますか。

この会社を少しでも大きく、少しでも長く続けられるものにしていきたい。そのための人材育成に先陣切って関わっていきたいと思っています。だから成長しなきゃいけないし、取締役として本気で改善していかなきゃいけないって思ってます。

― これから入ってくる人にメッセージをお願いします!

大変なことも多い仕事です。だから、選んでくれる人に「ありがとう」って言いたいくらいですよ、マジで。特に今いる若い2人なんかは、20代で他の選択肢もたくさんある中でうちを選んでくれているわけじゃないですか。嬉しいですよね。今も一生懸命頑張ってくれているし、そういう子たちにはやっぱり感謝。向き合ってもらっていることが、一番その後の仕事への貢献や続けようという気持ちに繋がるんじゃないかと思います。特に一人一人が一生懸命やってくれる、それだけで貴重です。一人一人を大事にしないといけないですよね。